やらない後悔より、やる後悔。そんな言葉を残したのがどんな人なのか知らないけど、極論すぎ、的確じゃない。いやまあこんなこと、どこぞの糞ガキに言えたことじゃないけど、ね。でも、やらなかった後悔と、やってしまった後悔。その致命的な違いがある二つを比べるのは浅はかすぎると思うわけよ。それは人生経験が豊富なわけでも、これといって苦労もしたことがない俺だからこその意見だと思うけどさ。例えば好きな人でもいたとして、告白できなかった後悔と、告白してしまった後悔は、致命的に、もうそれこそ世界に生まれてしまった懺悔のような、そんな違いがあるわけ。この場合、告白なんてそんなしみったれたイベントを例に出したのは、間違いだったかもしれないけど。

「じゃあ、つまりなにが言いたいの。」ってそんなこと言われたら、まあ、別にたいした意味もない。それに、たいして意味が重要だとも思ってない。そんなことは勝手に考えてくれればいい。なにが言いたいのか、とかはもう俺からしたら「どうして人は生きてるの。」レベルの質問だ。そんな難しいことちっともわからない。明確な答えも全然ない。しかも、こんな文には、ゴールさえちゃんと提示されていない。このどうでもいいような、それでいて至極重要な展開は、その、にて、つまり、あー、えーと、意味を読み解くのは書き手の領域じゃない、みたいな。正解を求めるやつの気が知れない。頭おかしいんじゃないか、実はこいつ宇宙人なんじゃないか、そう幻想めいて、思うくらい。

「ハッキリしないね。苛々する。」とまあ、この辺までくるとそんなことを言われそうだ。というよりこれはもう、俺自身が客観的に見て、そう思った。って、書き手の感想なんて作品に書いては、なにもかも意味がなくなる気もする。気のせいだと信じたい。そして、そう。久しく長ったらしい前置きを置いてみたわけだけど、後ろになにを置くかは、うーん、読み手に委ねてみようかなぁ、と。いや、別に終わりを書くのが面倒になったわけじゃない。そんなことは断じてない。だから、あとは、よろしく頼んだ。

「                                                                                                                                                                                                    」

はい、ありがとう。

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