蝸牛

風呂に入ろうと思ったが、寒すぎて体が思い通りに動かない。
意を決して一歩踏み出したものの、途方もない時間に段々と飲み込まれていく。
その様子に萎縮してしまった俺は震える体を抱きしめて、のそのそと亀のように移動する。
遙か彼方から聞こえてくるシャワーの音は、まるで赤子の泣き声のようで、一緒に泣いてしまいたい気分だ。
それでも俺は風呂に向かう。
この距離を実感しなきゃいけない。

どんな些細な弊害も今の俺には泥のように重たい。
薄汚れた服が自分の象徴に見えた。
自由の女神にリバティはない。
少しも感じられない。
不感症のような感性がベッドで蠢いて、まるで巨大な虫のようだった。
その巨大な虫は女を彷彿させる。
虫が苦手な俺の女はきっと今日も違う男と寝ているんだろう。
お前と対峙することで俺は敗北感を感じ、トイレに汚物を撒き散らすことしか出来なかった。
糞みたいな俺を拭う紙はない。

風呂で全てを洗い流したい。
生きている証。伸びきった爪を噛む。
靴下に開いた穴から飛び出した小指が、俺のだらしなさを強調する。
たるみきった自分の顔を見て、大人という化け物に喰われちまった気がした。
そして子供という化け物に荒らされた部屋を見渡し、どちらに怯えるべきか考える。
一歩ずつ踏み出す。
子供も大人も曖昧なボーダーラインの上をさ迷っているだけなんだ。

いざ生きるという意識をしてみると、呼吸にさえ違和感を感じる。
目まぐるしい毎日を見て、社会人になることが絶望に感じた。
ゴミのように増えていく自殺者を見て、ただ頷くことしか出来なかった。
世界地図の上にに立たされて、俺はただ風呂を目指し歩かされる。

孤独のような寒さに俺は小刻み震えた。
その様はまるで時計のようだ。
蛇口を捻る余裕もなく、地に足をつく力もない。
ただただ布団の中で俺は、小刻みに震えるだけだった。

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