ぐにょーん、ぐにょーん、とへんな足音で歩く可愛い女の子は「えいっ」と思いのほかふつうの掛け声で、河川敷を駆け出す。
砂利道に転がった割れたガシャポンが、キラキラと夕陽を反射していて、どこにゴールがあるのか、なんていう問いは馬鹿らしく思える。
キラリ、グローリー、女の子を眺めてると涙がこぼれそうだ。僕は視線を上へとやって、かろうじて涙を堪えていた。

河川敷のせせらぎがせせらせらせらと歌っている。自分勝手な瞬間を繋ぎ合わせて、思い出が作られていく。手を伸ばしたところで決して触れることのない、そういうものに触れる。びりびりと痛みにも似たその感覚は確かだ。必要なものだけを持って、走っていく。女の子。諦観する川辺のぼく。

どこまでもどこまでも前へ前へ進んで進んでいく可愛い可愛い女の子は、ぐにょーんぐにょーんと、不気味な不気味な足音で、痛く痛くなっていく足の裏とか、ぜぇぜぇはぁはぁと切れていく息とか、なにもなんにも厭わずに、走る。走る。走る。
がんばれ、がんばれ。頑張れ。頑張れよ。
ゴールテープが切れるとき、それはそれは、とてもとてもくだらないとしても。

しゅんかん。刹那。意味や価値は二の次で、堪えたはずの身勝手な涙が、ボロボロとこぼれて、土にと還っていく。
それはとてもとても素敵よ。それはとてもとても、素敵なのよ。そんな足音が聞こえて、それは遠く遠く、決して手を伸ばしても触れることのない、遠い、遠い、遠くに、僕の知らないスピードで、駆けて去った。

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