私が小学五年生のころ、Windows98のメモ帳に書いた小説もどきを紛失してしまった事が、今になって悔やまれる。誰にも見せることがなかった処女作。やっと年齢が二桁になったばかりの、その拙い文章に私の初期衝動が詰められていた。
記憶を辿る限りでは、とても暗く、陳腐で少しだが救いのある、題名のない小説。PCの変換機能を駆使して使われた読めない漢字や、必死に辞書で調べ背伸びして使った単語。何も知らない無垢な少年の、汚れない小説だった。

それは確かな始まりであった。
今この瞬間まで繋がれている詩との触れ合い。
はぢまり で あった 。

それから中学生になり、いつの間にか書くものは小説から歌詞に変わっていた。作曲が出来るわけでもないが、自分の好きな音楽に近付きたい。そんな理由で歌詞を書いた。その頃にはインターネットに深くハマっていて、画面の向こうの仲間たちと歌詞を見せあって、あのバンドの歌詞に似てるね、なんてほめ言葉になれない言葉を渡し合って、笑っていた。
ブログを開設し、如何にも中学生の考えた痛々しいタイトルを掲げて、自己満足に浸る。ネットの仲間達と馴れ合って、薄っぺらい感想をコメントで残して、残されて、あの頃の私は楽しかった。ただ、楽しかった。それだけの間違いだらけの正しい文章を、交換していた。
その回線が友情。私にとって文章は

わたし に とって ぶんしょう は ?

自問、自答。
毎日毎日馬鹿みたいに量産したその何者にもなれなかった言葉たちは自分への戒めに近い意味を持つ。
2007年~09年までに書かれたその言葉たちは、借り物のハリボテのようで、私にとってそれだけの意味しか持てなかった。
だが、確かにその言葉たちが今への肥やしとなっているのも事実だ。無駄とも思える何百もの残骸が、今へとタスキを渡してくれた。

現代詩フォーラムや文学極道やポエム板に詩を貼り付けて、無駄を探して、無駄を探して、自己を探した。いや。正確には探している。実験を続けている。私にとってネットはラボだ。地下の冷たい研究室だ。
二度と読むことの出来ない初期衝動を踏み潰すように、書き続ける。ふたつめ。身を切り売りする冷たい衝動。それは体温を奪っていき、私を動かし続ける。

ネット詩人。そんな肩書きを掲げて、誰かにとって、私は、私にとって、誰かは、何者かになれたのだろうか。
私は詩という手段で。

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