ちょうちょが虫かごの中で死んでるのを見ても、子ども達は笑うことをやめなかった。
こけて擦りむいた膝小僧は、よだれを輝かせ笑っている。
日差しを反射する虫かごのプラスチックに、確かな温かさか宿っていく気がして、手を伸ばした。

「そのちょうちょ、実は蛾なんだってさ。」

そう一人の少年が呟いたとき、子ども達は虫かごを開け、急いでひっくり返す。
その扉から、ケバケバしい蛾が飛んでいく。確かだ。確かだ。
終わりってのは確かだ。

剃刀を滑らせて笑っている少女のでこぼこな腕は、終わりからは程遠い。
コップいっぱいに水を溜め、ひっくり返しコンクリートに叩きつけられていく水は、いつまでがひとつで、いつからが水滴だ。
教室の片隅で開いた教科書に載っていた有名な詩に、自己投影できないままでいたい。
昔話を繰り返す退屈な45分間に何かを学んだ気になれば、偉人の写真に書いた落書きがこちらを見て笑っている。
窓から入ってきたちょうちょ、はたきで潰した。壁にへばり付く。

スニーカーの裏にへばり付いたガム、だれかの無意識な悪意。へばり付いた感情。
木の裏から聞こえてくる「もういいかい?」
もう少し待って。もう少しで、なに変わりそうなんだ。
時間が冷酷なのはわかる。地の下をもぞもぞと這い続けている。
死ぬことはない。時間は。記憶は。死ぬことはない。死ぬこと。
教室の窓。下をのぞけば終わりは見えた。続いていく終わりが見えた。

停留所。

虫かごと教室の違い。探して飛び出した校門。高い空。家路。教室と虫かごの違い。詰め込む、虫と人の違い。
開けた道路に車椅子の少年。横断歩道。赤信号。轟音。断末魔。教室の延長線上、虫かごと教室の違い。教室とその先の違い。

先生が「正しい人になれ」と言った。そして正しさを問う45分間。死んでいく意識。無意識。無意味。
不意に我に返る46分後。鉄格子にも見える校門を蹴っ飛ばし、駄菓子屋へと駆けていく。
たぶん、変わらないものは、たぶん、取り残されていく。

日々移り変わるセンス。時代世代とセンス。比較対照、平均化、どれをこれも取ってもセンスがない。

すべり台。真っ逆さま。現実。一定のリズムで揺れるブランコ。逃げ出した公園。ここと教室違い。ここと虫かごの違い。探せば、空しくなるだけだ。
むき出しの電球が顔を照らす。集まってくる虫。理由は違えど、結果は同じ。道筋は違えど、行き先は同じ。

迷い迷っても虫かご。
手に取って壊しても虫かご。
笑ってあっても虫かご。
いつもひとりだって虫かご。
虫かごの中。

公園のベンチに座って隣にいる小汚いおじさんに挨拶をすると、おじさんはダンボールでできた立派な家に招待してくれた。
このちょうちょは珍しくてな、と言うおじさんの顔は、少年のような残酷さと危うさを持ち合わせていた。
六時。鳴ったチャイムは、夏休みももうすぐ終わりだねと言っているようだ。
夕焼けに照らされれば、なんとなく帰らなきゃいけない気になって、虫取り網を担ぐ少年に目をやり、手を振った。

玄関を開け、ただいまという言葉がぽつんと置かれ、真っ暗な部屋の明かりをつけると、食べかけのカップ麺にカビが生えていた。
テレビをつけると知らない人たちの声が聞こえて、窓を開ければ星が出てる。

「先生、ぼくには夢があります」
「終わらない夏休みを僕にください」
「見たくないものは見なければいいし、知りたくないことを知らないままでいられるように」
「この教室と虫かご、よく似てませんか」
「校門を出た先にある信号、横断歩道を歩いているとき思うんです」
「一体、どこまでが虫かごで、いったいどこを開ければ出られるんだろうって」
「だから、壊れないものをください」
「変わり続ける、勇気をください」
「今ある出口から出られる、出口をください」
「終わらない夏休みをください」

家の下の道路で高校生が笑いあってる。殺しあってる。凌ぎあってる。愛しあってる。変わり続けている。
ぼくは82個目の星を数えたところで、ぼくは時間が有限だってことを知った。夕暮れ。星空。朝焼け。アラーム。

夏休みが終わりに近づく。終わらないものが、ここにあっても。

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  1. まーちゃn Reply

    私は夏休み終わった

    おかえりなさい

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