道端で猫が死んでる。
でも実際は寝ているだけかもしれない。
たが、ぼくの中では猫は死んでいる。
だからしっぽを踏んづけた。
ニャーと鳴いた。
足を引っかかれた。
血が滲んだ。
家に帰って絆創膏をつけた。
大きさが足りない。
もっと大きな絆創膏ないのかな。
絆創膏が赤く滲む。
ヒリヒリと痛む。

ところで話しは戻るけど、猫が道端で死んでいた。
ぼくは引っかかれた。
猫は生きていた。
通りすがりの女の子が「どうして猫をいじめるんですか?」とぼくに怒鳴った。
この女の子は生きてるのかもしれない。
死体はきっと怒鳴らないから。

「幸せにもし色をつけるなら黄色。死は黒。じゃあ生きてることは何色なんだと思う?」

ぼくは死んでいないであろう女の子に聞いた。
女の子はぼくを無視して猫を抱き抱えた。
女の子の中ではぼくはもう死んでいた。

悲しかった。距離でいうなら200メートルぐらい悲しかった。
ちょっと歩くにはだるいぐらいの距離。
そんな悲しみ。
それしか悲しくない。
ぼくは自分が死んでもそれしか悲しめない。

じゃあ女の子が死んだら?
まったく悲しくない。
何故なら他人だから悲しくない。

こないだ自分の好きなバンドのメンバーが自殺してすごく悲しい気持ちになったけど、次の日にはもう悲しくなかった。
iTunesから流れるそのバンドの曲は、いつも通りで、カラオケに行ったけど、べつに歌わなかった。

所詮他人ごとだからね。

ぼくは女の子を刃のかけたカッターナイフで刺した。
血がたくさん出る。
倒れる。
動かなくなる。
死ぬ。

猫を撫でる。
血がベトっとついた。

猫はぼくについた血を舐める。
ザラザラとした感触が、気持ち悪い。

いつまでもまとわりつくあの感じが
気持ち悪い。

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