やさしさ倶楽部の中編

家に着くと、カップラーメンの腐臭が僕をやさしく迎え入れてくれた。閑散とした六畳間。窓が開けっ放しになっていたから、クリーム色のカーテンが僅かに揺れている。
僕は部屋に入るやいなやすぐに全裸になり、衣服を全て洗濯機にぶち込んだ。スイッチを押して、静かな夕暮れ時の六畳間にカラカラと金具ぶつかる音を響かせた。

腐ったカップラーメンにたかるコバエと、机の下にばら撒かれた「絶版詩集皆無」「咀嚼した独白」「垢をとし」という題名の詩集だけが、薄っぺらな狂気を孕んでいる。
僕はそれにさえ上手に混ざれなくなりつつあり、常に過去の自分が他人に見えた。
それは永遠のように遠くであったし、唇が重なるほど近くにも見えた。あらゆる意味や、意図を読み取るほどの価値が、そこにはなかった。

僕は全裸のままPCの電源をつけて、Group Homeのトラックをループで流し、奇妙で不可解で、不愉快なダンスを踊る。
そしてMPCを取り出し、即興で16小説のループを打ち込んでいく。小脇においたKAOSSILATORでエフェクトをかけたりしながら、照明を落としてiiTunesでVJを流しす。KITARAを肩から掛け更に音を混ぜてながら、不愉快なダンスを踊り続ける。
閑散とした六畳間のダンスフロア。
時たま隣の部屋からドンッと強く壁を殴る音が聴こえたが、それさえ僕には音楽の一部にしか過ぎなかった。

数十分踊り続けていたとき、ふいにチャイムが鳴った。最初は無視して踊り続けてたけどあまりにもそれがしつこいので、仕方なく僕はドアを開ける。
すると隣の部屋の住人だと思われるヤクザ風の男が立っていて「五月蝿ぇ、殺すぞ」と静かに、じっと僕の目をみて言った。
僕はなんて言ったらいいのかわからなくて、ニヤッ笑ったら焼酎を顔にかけられた。目に染みる。マジデ。
ヤクザ風の隣の住人はそのままドアを静かに閉め、恐らくそのあとドアを強く蹴った。ガコンと内側からでも凹んでいるのがわかる。

僕は目がパチパチさせながら渋々音楽を止め、また無音になる六畳間。踊ることをやめさせられた全裸の雨野青は、なにもすることがなくなり、とりあえずパンツを穿いた。
冷水で顔をバシャバシャと洗い、染み付いた焼酎の臭いを洗い流す。
鏡をみると不自然に目が真っ赤に血走っていて、どこか八王子くんに見える。
一瞬でも自分と八王子くんが重なって見えたことに酷い吐き気を覚えたが、喉が少し酸っぱくなるだけで、なにも出てきてはくれなかった。

一気に安息から暇へと豹変し、僕に襲い掛かる空白の時間を、僕は目蓋をおろすことで解決することにした。
ペタペタで固くなった敷き布団に寝転がり、八王子くんの一瞬の曇った表情を思い出す。また喉が少し酸っぱくなった。
キーンという耳鳴りが空白を支配したころ、いつの間にか僕は眠っていた。

朝起きると僕はKITARAを抱いていて、6フレットの2弦のボタンが潰れたままになっていた。
僕はKITARAを乱雑に投げて、歯を磨く。
口から腐った卵の臭いと言った八王子くんのことが、また脳裏をよぎった。そのたびに喉が少し酸っぱくなる。
口をゆすぎ、僕は洗面器へ俯いたまま目を閉じ、水道をひねって頭に冷水をかける。

ぐっ、と喉の奥が酸っぱくなる。
やさしさという言葉の意味を、思い出しかけているのかもしれないね、と知らない人の声が、鼓膜の中で聞こえた。
僕は無理矢理のぼってきた吐瀉物を飲み込み、頭をあげるとポタポタと溜る水滴が顔を伝っていき、それはまるで泣いているようにも見えた。

「くだらねぇ」

そう一言だけ小さく呟き、うさぎ公園へと向かう支度をしたが、なんかむなしくなってやめた。
僕はろくに吸えない煙草に火をつけ、深く吸い込んではみたが、咽るだけで落ち着けることはなかった。
トクントクンと脈が打つのが聞こえる。
焦燥感に駆られ、今すぐにでも逃げ出してしまいたい気分だったが、ぐっと目蓋を強く瞑り堪えた。

目蓋を下ろし、耳を塞ぎ、息を殺して
今日が終わるのを、静かに待つ。
無機質な時間だけが、その意味も知らずに僕のまわりで蠢いていた。
きっと僕は夕暮れ時には公園に行ってしまうんだろうな。なぜか、そう思えた。

続く

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