取材・構成 / ホンナタクト (MADRABBY)

私、生産者になることで自分はもっと特別な何者かになれる、と信じていたんです。恥ずかしながら。それがなくなりましたね。特別な何かになろうとする意志というか。特別が何かもよくわからなくって。


S__41017395 ああゆ @cou_you_

1994年9月生まれ 自然と呼ばれるものが苦手

食べることや鑑賞することが好き

映画関係の学生だったが中退

異常な恋愛体質で、男性への執着は凄まじい

自己中心的でそれをなんとも思っていない

大切なもの他人でも物でもなく自分だ

--今現在映画など活動はしていますか?

全くしておりません。
一度全てから距離を置こうと思いあえて活動をしていません。

--何故、距離を?

かなり盲目的になったからですね。見当違いなことをしている気がして。
あと死ぬまでこれと向き合っていけるか、って考えてました。
そもそも自分には不向きなんじゃないかな、と。
これに一生向き合うって決めた時があったんですけど、次の瞬間には絶対映画に殺される!!と思いました(笑)

--それまでに大きな挫折があったりしましたか?

初めて自分でチームを組んでショートムービーを作成したときあまりの無力さに絶望しました。
やりたいことなんてひとつもできませんでした。地獄でした。
大勢とアイデアを共有する作業がひどく煩わしかったです。

--チームプレイが苦手?

まさにそれです。

--そこで一人で何か作ろうとは思わなかったんですか?

書くことはやめなかったです。
物語になるような出来事は物語になるように書き留めて編集したりはしていました。
でももう恐怖の方が強かったです。まじで殺されると思いました。踏み入れたら人格がなくなるな、と。

--楽しめなくなっていったんですね。好きなものを嫌いになっていってしまったり

純粋に映画が好きなのに残酷ですよね。侵されてる感じがハンパないんですよ。
こっちは危害を加えたおぼえなんてないのに、怒られてるみたいでした。

--真剣に向き合うと強迫観念に駆られる時期って必ずあると思うんですけど、その時期って良いものと悪いものが曖昧になりません?何が良くて何が駄目で何が好きか嫌いかわからなくなるというか

ありますね。真剣だからこそ出会う時期なんだろうけど、連続的に同じことをしているとこれって何が面白いの?何が気持ちいいの?そもそも自分はこれの何がいいと思ったんだろう?っていう迷路に入るんですよね。
そういうときはどっちを信じたらいいんですかね、その時作った自分と今違和感を感じてる自分と。
未だによくわかってません。

--今は制作と距離をおいてどれくらいの期間が経ったんですか?

最後に制作に携わったのが年明けなので三カ月ほどですかね

--そんなに日は経ってないとは思いますが、なにか見えてきたもの、その時間で感じたことはありますか?

当然のこととは思いますが離れてやっぱり好きなんだな、と改めて実感します。
残念な点としては、自分は消費者向きなのかもしれないと感じたことですね。

--それでもまた作ろうって思いは?

ありますね。でも私生産者になることで自分はもっと特別な何者かになれる、と信じていたんです。恥ずかしながら。それがなくなりましたね。特別な何かになろうとする意志というか。特別が何かもよくわからなくって。

--自分は未だに思っちゃってますね。俺はお前ら心の湿気た奴らとは違ぇんだよ、って(笑)

その強さを持ち続けるってなかなかできないですよ。私の中でこういった作品を作る人、作家のような人って、生活の中の一つになるんだと思うんです。作ることが生きる上でのひとつの習慣になるというか。わたしにはあまりにも事が大きすぎるというか、他に支障がでるくらいまだまだ未熟といったかんじです。
今は自然の流れで自分がそこに行き着いたとき作品が作れればとは思っていますね。

--自然に、っていうと、暫くは制作に携わることなく大きな流れに身を任せるってことですか?

そういうことになりますね。流れに身をまかせるというか、常に意志は持つべきと思っていて、今は距離を置くということに意志をもっているということですね。変な話ですが…

--忘れてしまわないように映画に対して意識を向けたままでいようってことですね。

それだけは不変なのだと思います。

--なにか作り続けると色んな苦悩が多いと思うんですが、自分の周りで辞めていってしまった方はいますか?

実際同期の人たちはほとんどやめてしまっています。
完全に離れてしまった人もいれば映画から学んで転身したって人もいますね。

--そういうのってすごく寂しくないですか?自分より才能のある人間が辞めていってしまったり、一緒になにか作った人が辞めていってしまったり

まさにそういった状況があったんですけど絶望ですよね。私はもうパートナーと呼べるような存在が自分の制作を終えた後きっぱりやめてしまって、もうどうしようもない状態でした。今でも今後何か作っていけたらいいねとは話したりはしますが、完全にフィールドが違うので…

--超悲しいですね.. そういう想いって制作にアウトプットされていきますか?

きっぱり言いましたよ。なんであなたは嫌いにならないの?って突き詰めてくるくらい。それから制作することもありましたが更に困難を極めますよね。術がないです。気持ちの問題ではなくて、制作において頭が足りないんです、人が減ると(笑)
映画は人数が必要でそのひとりひとりが重要なので。

--難しいですね。例えば映画以外に何か制作をしてみようってことはないんですか?

やっぱりここまできても続けられることって書き留められることだけなんですよね。
創作意欲はかなり低下してるのだと思います。
一度、一人で映画は作れないということをわかりつつも、一人で映画を作る方法を考えて、自分のドキュメンタリーを撮ったことがあります(笑)
iPhoneのカメラを固定して自分の生活を映すだけです。
たまにカメラに喋りかけたりするんですけど、気が狂いそうだったのでやめました(笑)

--面白そうですね(笑)ありがちですがモキュメンタリーでショートムービーとか作ってみたらハマるんじゃないでしょうか

いいかもですね。
私、自分が好きというか、自分を生きることは本当に面白いと思っていて、この面白さはどうやって人に伝えられるんだろうって考えてたんですよ。そしたらこの手法が一番かなって(笑)
日常的なことが好きで、日常のどこかに隠れているものを拾って、埃のかぶっているところをこするような作業が好きなんです。私実は想像力といわれるものが皆無なんです。自分の身に起こったことしか表現できないので、かなり作家になるには致命傷なんですけど…(笑)

--日常の中から様々なアイディアを拾い集めて形にしていくんですね。作家をやって演者をやって、それを固定で撮れば一人でも出来ないもんなんですかね?延々電話をしてるシーンとかでも。素人の浅知恵ですけど。

うーんおもしろそうですね。もっとなんでしょう、計画性を持ってのぞめば形になるかもしれません。今自分にできることってそういうことかもしれません。
電話って生活感ありますね、食事とか着替えとか。
人の生活をのぞくっていいですよね、なんかドキドキするじゃないですか。

--制作って持久力が求められますからね。いくら瞬発力があっても完成できなければ意味ないですし。是非いつか形にしてなにか発表して欲しいです。

なるほど。持久力かー私に欠けてるのはそれかもしれないですね、何かを持続させる意志をあまりはっきりもててないかもしれません。鍛えるべきはそこですね。
私もそう思って日々を怠りたくはないですね。自分の作品につながるよう、色濃い生活を送りたいです

--では、そろそろ最後の質問ということで、将来的な夢、目標、展望などはあれば

やはり何かしらの形で表現者になることです。”ああゆ”という形で、自分自身という形で。何者かにならなくてもいいけれど、常に自分自身でありたいということです。そしてありきたりではありますが生活を持ち続けるということですね。生きることを怠りたくはないので、自分にとって過不足のない生活が大切です。それを持ち続けることです。

 

--

ありがとうございました

誰でもインタビューしたいのでご希望の方はコチラまで @usacoya

This article has 1 comments

  1. Pingback: インターネットはゴミ箱ではない | M A D R A B B Y

コメントを残す