詩を書いて、写真を撮って、動画に画像に、音楽をやって、自分に出来そうなことは色々やってみて、そうやってアーティスト気取っていれば、自分は何者かになれるんじゃないか、と思ってた。

実際はゴミみたいなフリーターで、特別な何かをひとつも持っていない。一般人。何かに盲信的に狂うこともなかったし、ただ何となく面白そうなことに手を出しては、飽きてはやめて、そんなふうに繰り返してただけ。

ああゆさんのインタビューの記事でああゆさんが「生産者になることで特別な何者かになれると思っていた」って言っていたのを見出しにもしたんだけど、すごく刺さった。

ああゆ「盲目的な距離」

それはインターネットにゴミみたいに散らばったクリエイターもどきの多くの成功できていない人たちが、きっと心のどっかで思い続けていることだと思う。

俺は今また割と真面目に音楽をやっていて、そこら中に駄サイクルが広がっているのを見つける。俺はそのサイクルの人たちと関わりをもっても、絶対にその中に入らないように気をつけてる。

「少数のわかる人にだけわかればいい」という気概は立派なのかもしれないけど、その数が一桁二桁ではお笑いだ。俺はやるからには出来る限り多くの人たちに届けたいと思う。本当はみんなそういうふうに思ってるんじゃないのかな?どうだろう。

コミニティは便利なこともあるけど、絶対バイアスがかかって、自分のやりたいことだったり、可能性だったりを潰すことがある。

孤独じゃないとクリエイト出来ないとは思わないけど、ダサい奴にダサいと言えない駄サイクルノリの馬鹿にはなりたくないよね、って話。

利用できるものはガンガン利用してさっさと切り捨てよう。だってそいつはダサいのだから。

一定の水準を満たさないゴミが多すぎて、良いものが埋もれるのは腹が立つよな。

投稿ボタンをクリックする前に、ゴミかどうか確認してみては?

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