昔から、ただ何かを作っていればいつか何かになれるんじゃないかなぁ、なんて漠然に思っていたけど、年々歳を重ねて老いるごとに何者にもなれないことに気付いてきた。たぶん、俺には何かになるための様々な要素が丸ごとぜんぶ足りなくて、真ん中がまるっと空洞になってる。その空洞を埋めようとがちゃがちゃとガラクタを詰め込んで、ガラクタのカドが空洞の端っこに刺さって凄い大袈裟に痛がってみんなの反応を伺ってみたり、逆に俺はここめっちゃ空洞だよ、とアピールしてみたり、いろいろしても結局真ん中にぬるい風が吹きすさぶだけで空しさに虚しさの上塗りをしてるだけ。何を作ってもその場で少し満足するだけで、結局刹那的にしか満ちないんなら全部が無駄な積み重ねに見えて、Amazonのダンボールみたいに部屋中に散らかって邪魔で邪魔で処理に困る。自分自身がインターネットに発信する手軽さから副産物的に産まれてしまった自称アーチストのお気軽サブカルクソ野郎だと知っちゃったから、恥ずかしくて仕方がない。この文章を書くことさえも。恥ずかしい。

長年音楽をやって、文章を書いて、「あたし変わってるってよく言われるんですよねぇ、そんなに変わってるかな??自分じゃわかんない」とか言ってるブスと同じ自意識を育ててしまった。不甲斐ない。ただのグループの違いだけで結局俺だってマジョリティだし俗っぽいことばっか言ってるし誰かの受け売りを我が物顔で語って喜んでる。いや、喜べないや。ただ後悔を毎日更新してるだけで、結局自分が何をしたかったのか、何が正解だったのかわからないまま。

最近ほんとによく思うんだけどマジで最強のメンタルが欲しい。というか、自分に自信が欲しい。つーか自我が欲しいな。未だに俺は中学生くらいの精神性で全然自我とかない。ビビる。ふわふわ。ただ大きな流れに流されて、長いものには巻かれて、気付いたら終わってる。その繰り返し。同じビデオテープを毎日毎日みてる。巻き戻し再生巻き戻し再生巻き戻し再生ルーティンループ延々延々毎日毎日おなじ。そんなこと言ってじゃあ何かを変えようと思って新たな何かに手を伸ばして中途半端に作って、一生工事中のビルみたいに、いつ見ても一緒で、何をやっても同じで、無様だ。恥ずかしい。穴があったら埋めて欲しい。二度と掘り返さないでくれ。

俺の作るものはぜんぶ「世界観がマジ世界観って感じでほんと世界観って感じっすよね」みたいな感想しか言われなくなった。俺は見えない何かを伝えようと必死だったけど、誰にも何にも伝わらずつり革広告のように読み流され、まとめブログ読んでるあいだにみんな俺のことを忘れてしまう。なんてさも悲劇のように書いてるけど、それは凄く当たり前で、俺はどうしようもなく当たり前の存在で、どこにでも転がっている石ころだ。なぁ、Twitterで「今日食べたごはん!」とか言って写メをあげてInstagramにダサいフィルターかけたスタバの写真をあげてFacebookでBBQの写真をあげてイイねボタン押されて笑う俺がいる世界線に誰か今の俺を連れてってくれ。そのグループに俺も混ぜてくれ。ありもしない疎外感に殺されそうだ。俺はこの世界をこんなにも愛しているのに、、、、なんちゃって。

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