先日それなりに付き合いの長い人に「何を考えてるのかわからない」「心が死んでるよね」と言われ、尚且つその周囲の人間も俺に対して同じ認識を抱いていたことを知り、普通に心の死んでいない俺は凹んだのですが、そもそも心が死んでいるっていう比喩は具体的には一体何が欠けてることを示す言葉なんですかね?

本音を言うと心が死んでいるなんて遠回りは呑気なことを言われても「はぁ、そうですか」というのが俺の率直な感想なんですが、おそらくたぶん大凡侮蔑であることは間違いないので「心が死んでるね」「はっは!ありがとう!」なんて言う気にはなれないんですが、かと言って「いやいや待ってくれそんな失礼なことを言われたのは生まれてこのかた初めてだ!」と元気いっぱいに怒る気にもなれず、現実俺がした対応は「そうかな?そんなことないんじゃない?」という取り敢えず間を埋めるために喋ってみた、みたいな何の意味もない返答をしてしまいました。

楽しければ笑いもするし悲しければ泣きもする極々普通な平々凡々な俺に何故「心が死んでいる」なんて感想を抱くのか全然わからないんですけど、無自覚なのは不味いと思って頭を捻らせているのですが、心とはなんなんだ、という哲学的な話になってしまい、哲学には総じて答えがないのでもっと表面的な言葉についてからアプローチをかけてみることにしました。

といっても俺は義務教育もろくに完了できなかったぽんこつで、しかも頭が良い訳でもないのでGoogleで「心とは」と検索してみたのですが、これといって良い成果を得られず溜め息をついてしまいました。
というか「心とは」とか検索してる時点でまるで俺が心の無いアンドロイドみたいじゃん。危ない。相当精神を病んでいるとしか思えない所業を当たり前のようにこなしてしまった。落ち込む。ヘラる。。。ぽよ。。。。

例えば、心が俺の性格を意味するんだとしたら、俺の性格が死んでいることになってしまうので、それは余り考えたくない。性格が死んでるって悪口としてかなりハイエンドだと思うんですけど、それをみんな当たり前のように心とかいう便利で曖昧な言葉に言い換えて俺に手渡すとか、悪魔としか思えないな。心ってなんですかね。心とは一体全体俺の何を指し示しているのでしょう。こんな中学二年生のうちに済ましておくべき疑問をこの歳になって真剣に考えることになるとはカルマがどうしようもなく存在するとしか思えないな。もっとまともに学校行っておけば良かった。

科学的に言えば脳みそと心を別々に考えることはかなりウケるって感じなんでしょうけど、みんなそんな意味合いでなく概念としての心が君には欠落しているね、ということが言いたいのでしょうね。というかそんな重たいことでも深いことでもなく、何となくそういう感じがするってぐらいの認識でそんなことを言うんでしょうけど、俺は結構ひまなのでそういう気軽な感想を真意に受け止め、どうでもいい人生になんの足しにもならない余計なことを真面目に延々考えしまう。
あぁ、無駄だよな。わからないことを考えるのは凄く無駄だ。でも無駄なことなんて何にもないんだよ。本当は。いや、無駄じゃないことなんてなんにもない。どっちでもいいけど、思考なんてのは等しく均一に同価値ってことですかね。あれ。何を言ってるんだろう。

俺は自分自身を凄く普通でクラスに2.3人はいるくだらない奴だと思ってるし、周囲の認識もたぶんそんな感じだと思う。第一人間のパターンなんて大体6通りぐらいしか無いだろう。俺は特別なことなんて何にもないし、かなり俗ってる。つまり心が死んでるなんて称されるのは凄く普通なことで、小さなグループでは差異を演じることが出来ても、あなたは全体で見れば凄く普通なんだよ、ってことを言われてるのかもしれないな。才能があって特別なんだ、なんて自分を言い聞かせるのは止めたほうがいいよ、って忠告なんだろう。ダサいよ、ってね。余計なお世話だ。馬鹿。あーあ。ヘラるよ。まったく。どいつもこいつも精神が湿気たこと言いやがって。全部まとめて砕いて鼻からキメて遊びに行こう。

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