喜んだり悲しんたり、いろんな感情になるためには練習がひつようだな、と思った。突然、悲しい出来事や喜ばしい出来事があっても、喜び方も悲しみ方も知らないから鯉みたいに口をパクパクするしかできなかった。そもそもほんとうに悲しいのか、嬉しいのか、それすらも曖昧で、よくわからなかった。嬉しいときやった!と声を上げて手を叩いて笑顔をつくるとき、すごい不安な気持ちになる。授業中によくわからない問題を答えろと先生に当てられたきぶんだった。先生、これであってますか?そんな気持ちになりながらキョロキョロする。みんな俺を見てる。わらってる。答えはCMのあとで、みたいな長い間を置いて、おそらく正解できたであろうその問題を振り返り、胸をなでおろす。誕生日のサプライズ。身内の不幸。なにか巨大な意思をもって、なにかを求めるのはやめてほしい。その”なにか”がわからない。そもそも俺の思う”なにか”なんてないのかもしれない。

何かを求め合わなければ築けない関係なのであれば、すごくうっとおしいし、めんどくさい。誰かとはなしながら、ひとりで一生いたい、誰ともはなしたくない、と思うことが増えた。誰かとコミュニケーションをとりたいなんて欲は、てきとうにインターネットで知らない人と2,30分話せば満たされるし、すごいインスタントな人間関係で楽ちんだ。多くの人間関係を長い期間断っていたせいか、ほんとうにわずらわしくなってしまった。いろんなものが。ほんとうに。でも3日おきぐらいにそんな気分も変わって、人生や人間が最高だと思ったりする。また3日後にぜんぶウザくなる。そんな気分を繰り返してる。病気なんじゃね?と友だちが言った。それなら別にいいんだけど、と答えた。友だちはなにも言わなかった。天気はくもりだった。

濃霧の中をぼけっとあるいて、なんとなく辿り着いた場所でそれらしく振る舞って、居場所をある程度確保し終わってから、ここじゃないな、と思った。思っただけでとくになにもしなかった。ここじゃなかったら、じゃあどこなんだろうと思った。考えてみたけど、よくわからなかった。誰も俺に関わらないでほしいな、と思いながら、それでもちゃんと挨拶を返してしまう自分は、たぶん、どこにも行かれないな、と思った。

コメントを残す